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 特集

第5話 旧五千円札の肖像となった新渡戸稲造の来苑 

◇2010.8◇

毎年夏、地球上のどこかで世界エスペラント大会という催しが開かれます。平成22年の会場はキューバ。7月17日から24日まで開催されました。世界エスペラント大会というのは世界各地のエスペランチストが一堂に集う、年に一度のエスペランチストにとっての盛典。開会式から始まり、大会期間中は様々な分科会が催され、現地の観光プログラムがあったりもします。今回でちょうど95回、世界大会が開催されたことになります。
 さて、平成22年の世界大会では開かれていなかったようですが、世界大会の期間中、ニトベシンポジウムというシンポジウムが開かれることがあります。ニトベとは、新渡戸稲造(1862~1933)のことを指しています。新渡戸稲造は農学者、教育者で、国際連盟の事務次長を務めた人物。英語で書かれた著書の『武士道』は世界的にも有名で、平成15(2003)年までは、五千円札の肖像にもなっていました。
 その新渡戸稲造は実はエスペランチスト。大正10(1921)年に現在のチェコ共和国の首都であるプラハ市で、第13回世界エスペラント大会が開催されました。当時国際連盟事務次長の要職を務めていた新渡戸稲造は、招待されてその世界大会に出席。二千余名の参加者がエスペラントで自由自在に歓談している姿に感動。その後、大正13(1924)年、国際連盟における公用語としてエスペラントを採用すべきだと提案しますが、残念ながらフランスの反対にあい、その提案は否決されてしまいます。
 時は巡って平成8(1996)年、再びプラハ市で今度は、第81回世界エスペラント大会が開催されました。この時の世界エスペラント協会の会長は韓国のイ・チョンヨン氏でした。イ・チョンヨン会長は長く国際連合関係の職務に従事していた人物で、国際連盟の公用語としてエスペラントを採用すべきだと提案した新渡戸稲造の功績を高く評価。この折の世界大会で初めてニトベシンポジウムが開催されたのです。ニトベシンポジウムは、世界のあらゆる国際諸機関における統一言語の可能性について意見交換する場と位置づけられ、EUやユネスコの関係者も招待され、開催されました。
 平成8年以来、これまでに5回、ニトベシンポジウムが世界大会の折に開かれています。残念ながら、エスペラントは国際機関における公用語としては採用されていませんが、EU(ヨーロッパ連合)のような機関で将来採用されるようなことがあるかもしれません。
 エスペラント界に多大な貢献をした新渡戸稲造ですが、最晩年の昭和8(1933)年、大本・人類愛善会を訪れ、後の出口すみこ人類愛善会二代総裁と会っています。この事実は新渡戸シンポジウムが初めて開かれた平成8年のエスペラント学習誌「Nova Vojo」(平成8年9月号)でも触れられています。残念ながら大本・人類愛善会を訪れた詳しい動機は分かりませんが、その折の写真は今も残っています。

(「人類愛善新聞」編集者 奥脇俊臣)


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