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   「ノモンハン事件」70年

 それは〝事件〟ではなく〝戦争〟だった

  『ハルハ川戦争犠牲者慰霊・ 世界平和祈願祭』を執行
  AMDA主催、大本とガンダン寺院が合同祭典  

70年前の1939年5月から9月にかけ、モンゴル・旧満州国境で起った、日本軍と旧ソ連・モンゴル連合軍の激戦を、日本では「ノモンハン事件」と呼んでいます。
 しかし、実際には、地上戦だけでなく、戦闘機約600機が入り乱れて戦う実質な〝戦争〟でした、各国の兵隊約4万5千人が犠牲となったこの戦いは、モンゴルでは「ハルハ川戦争」と呼ばれています。

ハルハ川戦争
ハルハ川資料館に飾られたハルハ戦争(ノモンハン事件)の再現画。革命後、兵器の近代化を達成したソ連軍の前に、白兵戦中心の日本軍は大敗したが、その事実は長く秘されていた
ハルハ川を望むかつての激戦地はモンゴル最東端。中国の内モンゴル自治区との国境に位置する

原因は、内モンゴル東北部に建国された満州国と、ソ連が後ろ盾するモンゴル人民共和国(当時)の国境を巡る争いで、両国のモンゴル人がこの戦争を避けるため、最大限の努力を試みたにもかかわらず開戦に至ったと伝えられています。
 悲しいことに、戦争回避に努力したモンゴル人たちは、日ソ両国によって処刑されたということです。
 この戦闘をきっかけに、ソ連は日本への警戒心を一段と強化。モンゴルやソ連領内のモンゴル系民族への締めつけが厳しくなり、国境によるモンゴル人の分断が、決定的となったようです。
 日本では〝事件〟で済まされてきたため、この戦争の実態が十分に知られていません。現地ではこの戦争についての日本人の意識は薄いと思われています。

 
モンゴル仏教
モンゴル仏教総本山ガンダン寺院の僧侶による祈り
大本祭典
大本による神道祭典。人類愛善会・大本の「モンゴル児童支援視察団」の団員らが斎主・祭員を務め、参拝した
記念写真
ガンダン寺院本堂前での記念写真。 AMDAは「救える命があればどこへでも」をモットーに、アジアを中心に世界各地に提携団体を広げ、医療支援活動を展開している

協定締結後初の行事
 AMDA(本部・岡山市)は、医療奉仕活動と合わせ、第2次世大戦やその後の戦争・紛争の犠牲者を慰霊し、今も心に傷を負う人々を癒す活動をアジアで続けています。今回のハルハ川戦争犠牲者の慰霊行事は、人類愛善会総本部とAMDAが8月7日に協力協定を結んでから、初めての行事となりました。
 祭典は8月24日午後2時から、ガンダン寺院本堂前で執行。大変に心配だった天候も、有り難いことに晴天に恵まれ、関係者一同は胸をなでおろしました。
 チョイザムツ管長からは、 「大統領からの急用が入り、私は本日の祭典に出席できませんが、他の僧侶が共に厳修させていただきますので、よろしくお願いします」とていねいなお言葉を頂戴しました。
 午後2時15分、主催者のAMDAモンゴル支部長が、祭典の趣旨と経緯を説明。続いて、ガンダン寺院僧侶十人が祭壇前に整列。今回新たに作成された、世界平和を願う経文と鎮魂歌が厳かに捧げられました。
  その後、大本の佐藤光春斎主が、「ハルハ川戦争犠牲者慰霊・世界平和祈願祭祝詞」を奏上。
 次いで、難波妙AMDA参事、川部幸枝大本直心会長、三好ヨシ子直心会副会長、日笠規美子訪問団員らが玉串捧奠。斎主先達で「天津祝詞」を奏上。合同祭典は終了しました。
  祭典後、菅波茂AMDA代表メッセージを難波参事が代読。佐藤斎主の閉会あいさつで、午後3時、全行事を滞りなく終えました。
 祭典は、モンゴルで一番多くの国民が視聴しているといわれる「モンゴル国営教育テレビ12チャンネル」のクルーが取材しました。

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