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「日が昇る国から現れた、世界を救う教え」

出口王仁三郎師の教えと私

人類愛善会バンガロール分会長 ゴビンダラジ ュ博士に聞く
Dr.govindaraju

M・ゴビンダラジュ博士。1935年、イギリス統治下のインドに生まれる。学生時代、広く人文学、医学、薬学、公衆衛生学などを修め、バンガロール市保健衛生局に長く勤務。同市だけでなくインド全域を舞台に、医療や保健衛生指導の現場で活躍。1978年2月、人類愛善会バンガロール分会を設立し、事務局長に就任。愛善施療所を建て、スラムに暮らす貧しい人々への医療。教育支援を続けてきた。2004年、インド社会発展への貢献を顕彰する「ラジブ・ガンジー賞」と「ナショナル・ダイヤモンド賞」を受賞。世界銀行公衆衛生事業顧問。インド赤十字社終身会員

文房具配付活動

恵まれない子供たちに文房具を贈る人類愛善会の「ペンシルボックス計画」で、人類愛善会の活動主旨を印刷したペンケースに文房具を入れ、小学生に配付するゴビンダラジュ分会長(左端)と子息で事務局長のモハン・クマール事務局長

分会集会

バンガロール分会の集会で人類愛善会の活動について紹介し、活動への参加を呼びかけるゴビンダラジュ分会長(1988年、当時は事務局長)。76年にチェンナイ(旧・マドラス)に初めてインドに分会が誕生してから、各地でこのような集会が開かれ、バンガロール、マイソール、ティルチラパリ、クンバコーノンに分会が開かれていった

授賞式

2004年、ゴビンダラジュ分会長は「ラジブ・ガンジー賞」と「ナショナル・ダイヤモンド賞」を受賞。両賞はインド政府公認NGOのGlobal Economic Coouncil が運営しているが、受賞者の人選にはインド政府も加わっている。写真はナショナル・ダイヤモンド賞の授賞式の模様を報じた地元新聞。1911年に暗殺された故ラジブ・ガンジー首相は若きリーダーとして、行政、教育、工業などの近代化、科学技術振興に尽くし、清廉な人柄で国民からの信頼もあつかった。ラジブ・ガンジー賞は同首相の誕生日・8月20日にあわせて授与される

インドは伝統的なヒンズー教をはじめ、仏教やガンジーの思想など、すぐれた宗教や哲学を生み、歴史的にアジアを中心に世界に大きな影響を与えてきた。そうした宗教大国にあって、なぜあえて、日本に生まれた人類愛善運動に取り組んでいるのだろう。バンガロール分会のゴビンダラジュ分会長は、「普遍性を持つ、出口王仁三郎師の教えこそが世界を救えるからです」とその答えを熱く語った。

 若い世代に伝えたい

───1978年の分会発会以来、30年の長きにわたり、貧しい人々への医療・教育支援などを通して、人類愛善精神を伝えて来られました。学生時代、すでに社会奉仕活動を始めておられますが、奉仕活動に力を注がれるようになった動機は何だったのですか?

「子供のころ、私の家族は大家族で、親族も含めて20〜30人が共同生活していました。広大な農地を持っていましたが、毎年のように干ばつに見舞われ、食糧が乏しい中でも、両親や親せきは困窮している人々に食べ物や衣類を分け与え、救援活動をしていました。社会にそういう伝統があり、私の親たちもそれを守っていたのです。また、当時のインドはイギリスの植民地支配下にあり、ガンジーが独立を呼びかけ各地を遊説していました。おじや長兄は投獄されたこともある独立運動の闘士で、何十㌔も歩いて村々を回り、ガンジーの精神を説き、「団結して独立を達成しよう。助け合おう」と呼びかけていました。子供だった私も皆についてはだしで歩きました。農民が田畑で忙しく働いている昼間、私たちは村を清掃し、夕刻から集会を開きました。それがガンジーの教えでした。私の社会奉仕の原点は、そんな子供時代の体験にあると思いますが、自然にそうしたい気持ちになるのです」

 世界大・宇宙大の視野

───大本の出口なお開祖は、当時の列強国による植民地主義に象徴される人類の「われよし・つよいものがち(利己主義的・弱肉強食的な世の持ち方)」が、世界を滅ぼすと厳しく警告し、そうでないあり方を、出口王仁三郎人類愛善会初代総裁は、「人類愛善運動」として示しました。この運動は、歴史的に植民地時代を経験したアジア諸国の方々には、理解されやすいのではないでしょうか。

「その通りです。そして、王仁三郎師が、アジアが団結し、経済的にも発展することで世界平和も実現できると考えていたことにも共鳴できます」

───インドには古くからの優れた宗教や哲学、思想がありますが、なぜ、日本に生まれた人類愛善運動をインドでされようと思われたのですか?

「王仁三郎師の教えは、世界のあらゆる場所に暮らす人々を、永遠に幸せにする教えで、日本人だけでなく、全人類、全世界が救われ、守られる教えだと感じたからです。私は1976年にインドで最初にできた分会のチェンナイ分会の集会に参加し、いただいた大本や人類愛善会についての本や資料を読み、大変に啓発されました。確かに、宗教的な行や体験を経て悟りに至った聖者はインドにもたくさんいましたが、彼らの哲学はインドのヒンズー世界だけを対象にしたものでした。ところが、王仁三郎師の教えや哲学は対象がずっと広く、アジア、ひいては全世界、全宇宙を平和に統一しようという、普遍的なものでした。そして、世界や人類はどうあるべきか、また、どうすれば人間が幸福になれるかを、見える形で示しています」

 人類愛善運動に高い評価

───2004年には「ラジブ・ガンジー賞」と「ナショナル・ダイヤモンド賞」を受賞されました。これらは、各分野でインド社会の発展に尽くした方々の功績を国家的に顕彰する賞で、長年の人類愛善運動による社会福祉活動が認められての受賞と伺っています。日本の私たちにとっても大変にうれしいニュースでした。

「これは私個人が受賞したのではなく、人類愛善会全体に頂いた賞だと思っています。人類愛善会を知り、こうした奉仕活動に従事できたことにとても感謝しています」

───受賞に至った経緯をお聞かせください。

「私たちは何度も人類愛善会の集会を開いてきましたが、運動への共鳴者が、さまざまな分野に現れました。中にはインドの副大統領から大統領(代行)まで務めたダナッパ・ジャティ氏、最高裁判事のクリスナアイヤル氏のような方もおられました。また、私は職業として何千という農村を回り、世界銀行の支援による保健衛生事業を他のNGOとも協力して行ってきました。そこでも人類愛善会について伝え、国や社会の指導者層に知己も広がりました。彼らが人類愛善会というすばらしい団体があると評価し、人にも伝えてくれました。今では人類愛善会を知らないNGOはないほどで、国家、全国レベルでその名が知られるようになっています。こうした流れから、受賞者に推薦されたのです」

 未来を担う子供たちへ

───最後に、今後の抱負をお聞かせください。

「原爆が広島・長崎を破壊したように、科学技術の進歩は、世界全体を一瞬のうちに崩壊させる可能性を生んでしまいました。自然災害も深刻です。世界のすべての政治家、科学者、宗教者が、人類愛善という王仁三郎師の教えに目覚め、従わない限り、人類も、あらゆる生命の元である大自然も存続できません。科学技術の悪い側面によって滅びてしまうでしょう。インドから見ると、朝、太陽は日本の方角から昇ってきます。太陽の光が日本からやってくるように、この教えも日本から現れてきました。太陽は偉大です。すべての生き物に太陽の光が必要なように、全人類にこの教えが必要なのです。太陽のように、この教えがあまねく全世界を照らすことが必要なのです。私が今後も力を注ぎたいのは、未来を担う子供たち、青少年に、人類愛善精神を伝えることです。気持ちが純粋なうちに、この精神を身に付け、世界を良い方向に変えていって欲しいのです」

───どうもありがとうございました。

(平成20年2月15日、ゴビンダラジュ博士宅で)

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