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 講演録

世界連邦実現へ向けて 〜木戸寛孝氏「世界連邦勉強会」〜

世界連邦へのプロセス

世界連邦という政治的な運動がどのように始まったか、現在までに、どのようなプロセスをたどったのか、現在どのような運動が行われているのか説明します。
 2つの世界大戦で使われた近代兵器。これにはイギリスの産業革命が大きく関わっています。産業革命が起こった当時、日本は鎖国の状態でした。そして黒船がやってくるわけです。この黒船とは、大砲や蒸気船であり、産業革命が生み出したものが結集されていました。その黒船によって、日本は開国を求められます。この大きな力が海外から攻め寄せてきたことにより、日本は近代化していくわけです。その流れの中で、私の6代前の先祖である長州藩の桂小五郎(木戸孝允)も動きます。長州藩、薩摩藩が明治維新を起こして、日本は近代国家として統一されました。しかし日本はその後、日清、日露、太平洋という大きな戦争を歴史の中で歩んでいきます。
 どのようにしたら戦争のない時代を作れるのか。人類愛に基づいて、世界が一つになっていけるのか。世界が戦争の渦に巻き込まれた経験から国際連合は作られました。
 国連憲章(国際連合の設立根拠となる条約)には、侵略戦争はしてはいけないと謳われ、自衛目的以外の戦争は否認されています。つまり領土を侵略してはいけないということです。この国連憲章ができたのは、日本に原爆が落とされた終戦の直前であり、第一次、第二次世界大戦の反省から国連憲章というものはできたといえるでしょう。それまでの常識では戦争は国際政治における合法的な手段として認められていました。今の私たちであれば、侵略による武力行使は違法であると当然に思うわけですが、先の大戦を終えるまではそのような価値観は世界にはありませんでした。
 そしてもう一つ、世界人権宣言というものが採択されます。個人が持つ権利として人権の普遍性を謳いました。これには、人の命は地球よりも重いとされています。世界人権宣言が採択されていなかった時代は、国家のために一人ひとりの命が蔑ろにされていました。植民地拡大は当たり前の時代、国家のために命を落とすことは名誉なことでもありました。今私たちが共有している価値観とはまったく違う次元にあったわけです。
 この国際連合の設立は、人類史上偉大な一歩であったわけですが、その一方で、国連憲章の内容、制度のあり方など権威ある唯一の地球規模のガヴァナンスとしての責務を果たしていくには限界もあり、21世紀において国連は更なる進化が問われています。

4つのポイント
 現在の国連は「United Nations」の名の通り主権国家の連合体です。国ごとに武器を持っていて、どのような地球規模の国際的な問題に取り組もうとしても、国家の主権や利益に絡め取られてしまうわけです。そのため、今でも国連は各加盟国の利益を守るための論争の場に成り下がっており、もう少し次元を上げて、環境問題やエネルギー問題など一国では対応できない地球規模の問題を処理していける力をもったグローバル・ガヴァナンス、世界法治共同体としての世界連邦へと進化していく必要があるわけです。
 国連は世界で最も権威ある国際機関ですが、まだまだ不十分です。どこが不十分なのかを4つのポイントから見ていきます。このポイントはガヴァナンスの体を為すためには必要不可欠なものです。
 一つ目は法の支配です。「国際法や国際司法裁判所があるじゃないか」と考えるかもしれませんが、これが難しい問題なのです。国際法は基本的に人ではなく国家が対象となっています。ですから、たとえ判例が出たとしても、「この国は良い」「この国は悪い」と判断されるだけで、何かしら処罰されることはありません。国内の年金問題を例に挙げると、年金は法的には選択の有無なく誰もが払わなくてはいけない決まりになっていますが、処罰規定がありませんので年金を支払わなくても罰せられることはありません。そのため現状として、若い人たちの年金未納率は50%を超えてしまいました。これと同様に、国際法には罰則規定が存在しないという問題があるわけです。例えば日本に国際刑事裁判所の判決が出たとしましょう。その時の総理大臣に政治的責任があるかというと、難しい問題になってきます。その総理大臣を選んだのは誰なのか。総理大臣は国会から選ばれます。しかし、その議員は選挙によって国民が選んだわけです。そして、憲法でも国の主権者は国民となっています。では「日本が悪い」となった時に、主権者である国民全員に処罰を課すことができるかというと、できるはずがありません。このような問題が発生するので、従来の国際法においては法の適応において国家が対象である限り、どのような判例が出たとしても、処罰できないという現実がありました。処罰することができない法の世界は、結局無政府状態と同じです。そのため、この法の支配というものを世界に拡げていくためには、国際法の対象を個人に適応できるような内容に変えていく必要があるわけです。
 二つ目は税制です。国連や国際機関(WHOやユニセフなど)は基本的に自主財源を持っていません。その組織に加盟している国家からの拠出金で動いています。結果、お金を多く出している国にとって都合の悪いものは、水面下で却下されていきます。世界の視点に立って判断していくためには、加盟国に依存しないで済む自主財源が必要です。これをどのようにしたら確保できるかが問題です。
 三つ目が参政権です。誰がそのガヴァナンスに参加できるのかという問題があります。現在、国連に参加しているのは全員政府の役人です。国連の代表を市民が投票して選ぶという制度がないので、市民の意見を国連の場に届けることは難しく、また本来は地球規模における公共性を考えていかなければならないのに、彼らは政府の役人ですから基本的に自国の利益を求め、ぶつかり合うことばかりしているわけです。
 そして、四つ目が警察です。法律を破った場合、最低限の強制力が必要になってきます。そのためにも実力行使できる組織が必要です。国連には国連軍が存在しますが、国連直属ではなく各国からの寄せ集めなので、常任理事国の一国でも反対した場合、国連軍は関与できなくなります。
 それでは、以上のような国連の限界を指摘し世界連邦というグローバル・ガヴァナンスを構築していくべきだという運動の始まりはいつに遡ることができるのでしょうか。それは原爆投下です。アインシュタイン博士やラダビノ・パール博士は原爆に異議を唱えました。アインシュタイン博士は「国連の機構および機能を改め、これによって原子力をコントロールする以外にない」と強く主張し、国連に対して公開質問状を2回発し、世界連邦を作るべきだと提唱しました。パール博士も「我々は今まで慣らされてきた考え方を急速に変えなければならない。かつてその必要があった場合によりも、もっとはるかに急速に変えねばならない。我々は、組織的に、一切の戦争の主要原因を縮小し、排除することを始めなければならない」と主張しました。
 そうした有識者の声を受け、1946年、ルクセンブルグで国際的な運動組織が結成されました。これに参加したのは30団体で、その所属国は14カ国に及びました。この国際団体は「世界連邦政府のための世界運動」と呼ばれました。この運動に接点を持った最初の日本人が湯川秀樹博士です。1948年、湯川博士はプリンストン大学に招聘されます。その時、アインシュタイン博士は湯川博士に「核兵器全廃のための方法は、世界が一つになること、一つの連邦国家となること」と語り、核兵器の開発に関わっていたということもあって「日本に大変申し訳ないことをした」と泣いて詫びたといいます。感銘を受けた湯川博士は、世界連邦運動に参加していくことになります。そして、アインシュタイン博士が76歳で亡くなると、湯川博士は彼の遺志を引き継ぎ、1961年に世界連邦運動協会の第5代会長に就任します。
 ところが冷戦時代において主流の考え方となる「核抑止論」により、世界連邦運動が挫折に追い込まれます。「核抑止論」とは、核によって平和が保たれるという考え方です。核保有国が存在する現実を前提として、核兵器を持つ国をこれ以上増やさないようにするには、どうすればよいかを考えるわけです。この考えは結果的に米ソの果てしない核兵器開発競争を生むことになりました。現在では、国家間だけでなくテロという脅威も加わり、「核抑止論」は通用しなくなりました。そのため、これまでの考え方を変えなければ、核をコントロールできない時代に入っています。
 挫折に追い込まれた運動でしたが、大きな変革を迎えます。それは冷戦の終結です。これによりグローバル・ガヴァナンスが、理想論から現実的な考えとして受け入れられるようになりました。それを受けて、いち早く主権国家という枠を越えて共同体を作ることにチャレンジしたのが、今のEU(欧州連合)、当時のEC(欧州共同体)です。この流れを受けて、世界中のNGOが連携して動いていきます。

「ICC(国際刑事裁判所)」の設立
 冷戦崩壊後、国際社会を「法の支配」の下におこうとする運動が、国境を超えて市民の力によって動き出し、1995年、公正な国際刑事裁判所の設立を推進するための『NGO連合CICC』が結成されます。2000以上のNGOがこの連合に参加し、本部を世界連邦運動協会国際事務局(ニューヨーク)に置きました。
 では、国際刑事裁判所とは何なのでしょう。国連には国際法というものがあっても「国家を対象」とするため、判例が出ても処罰することはできず、不法行為に対する国際社会の主要な対抗手段は禁輸などの経済制裁措置や多国籍軍による軍事介入でした。国際刑事裁判所とは、紛争の起きている地域で拷問や虐殺を行った人など、戦争犯罪者=「個人の責任」を裁く常設の国際法廷です。
 日本では「JNICC」という、日本国政府も国際刑事裁判所に加盟することを求めるNGOのネットワークが生まれます。かつて私は世界連邦運動協会の事務局次長であり、「JNICC」の事務局長も務めていました。その後、国会議員の「ICC議員連盟」というものを作りました。この議連の事務局長も実質私が務め、有識者そして市民、政府の三位一体の組織を上手くまとめながらロビー活動をすすめていきました。
 1999年には、軍縮への基礎を築いた第1回ハーグ平和会議100周年を記念し、NGO主催で「ハーグ平和市民会議」が開催されました。100カ国、約1万人以上の市民が参加し、「公正な国際秩序のための基本10原則」を掲げ、「21世紀の平和と正義のための課題」を採択し、アナン国連事務総長に手渡しました。そこで強いリーダーシップをとったのも世界連邦のNY本部です。その10原則の3番目に、「国際刑事裁判所を設立し、各国はそれに加盟すべき」と書いてあります。こうした市民サイドの動きが原動力となり、2002年、「ICC(国際刑事裁判所)」が設立されるに至りました。しかし、日本はすぐには加盟しませんでした。実は、これに最も反対しているのがアメリカです。なぜかというと今の時代、最も世界に兵を展開しているのがアメリカなので、個人を処罰できる力をもった裁判所ができてしまっては、たまったものではないわけです。現在、「ICC」には115カ国が加盟をしていますが、残念ながら世界に軍や兵を展開している国は、1カ国も入っていません。しかし、国連の常任理事国であるフランスとイギリスは加盟しています。でもアメリカ、中国、ロシアは入っていません。もし加盟した場合、何らかの問題が起きた時に、大統領などその国のトップが被告になってしまうからです。日本はアメリカと日米安保条約を結んでいますから、米国の顔色をうかがい、すぐに「ICC」に参加しませんでした。そこで「JNICC」は試行錯誤をしながら約4年かけてロビー活動を展開していきます。それを受け、2007年、日本国政府も「ICC」に加盟することとなり、私たち日本国民も世界の「法の支配」の一員となったわけです。

「国際連帯税」の導入
 そして、「税制」という問題もあります。先ほど言ったように、国連を筆頭に国際機関は基本的に自主財源を持っていません。国際機関は自主財源を必要としています。そこで現在検討されているのが、「国際連帯税」の導入です。これが今、私たちの活動で最も重要なテーマとなっています。
 世界には、飢餓で苦しむ人々、本来治る病気であるにも関わらず、貧困のため治療が受けられず亡くなる人々が大勢います。しかし、国際社会は直接の財源を持っていないので、各国からの拠出金やODAという形で援助をしていますが、予算上の制約により十分な援助が行われていません。そこで国家ではなく、国際社会自体が開発援助のための安定した財源を確保しようという意図で「国際連帯税」という構想が生まれました。この「国際連帯税」、つい最近動きはじめました。2009年11月7日、ブラウン英首相は日米欧と新興国の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、銀行救済のために巨額の公的資金を投入した反省から、将来の危機への備えとして国際金融取引への課税などを検討する必要があると述べました。米英型金融資本主義を批判するサルコジ仏大統領やメルケル独首相はもともとトービン税(ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・トービンによって提唱された制度で国際通貨取引に低率の課税をするというもの。その税収を国際社会の自主財源として使用するというアイデア)導入の検討には前向きで、ブラウン首相の翻意を受け、EU(欧州連合)は、財務相理事会などで今後、トービン税を協議することで合意しました。そして、日本も「国際連帯税」の導入を強く支持しています。
 では導入に際して日本ではどのような動きがあったのでしょうか。それは「ICC」加盟の時と同じで、まず「国際連帯税」創設を求める議員連盟を設立します。そして有識者を集めて、学術的にきちっと整合性を与えていかなければなりませんから、有識者会議を作りました。これを「国際連帯税推進協議会」といいます。しかし、民主主義国家である以上、世論が伴わないと動きません。そこで、「国際連帯税を推進する市民の会」というNGOのネットワークを作り、横のつながりを作りました。そして具体的な成果としては2011年度の税制大綱の項目に、国際連帯税を盛り込むことに成功しました。正式な導入まであと一歩の所までこぎ着けています。

「国連議員総会」構想
 次に参政権という問題があります。2009年12月7日から18日にかけて、コペンハーゲンとブリュッセルで行われた気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)に出席した欧州議会代表団ジョー・ライネン団長は、グローバル・ガヴァナンスにおける国会議員や議会の役割の強化が必要であるとする声明を発表し、「国連議員総会」を作るべきだと主張しました。なぜなら議員というものは政府の役人と違って、国民の選挙によって選ばれるわけですから、国家の声ではなく、国民の声を代弁していけるからです。このテーマは、ドイツの世界連邦運動がイニシアティブを取っており、日本も同調するかたちで進められています。

「UNEPS(国連緊急平和サービス)」構想
 そして最後に、警察の問題があります。つまり国連直属の部隊をどのようにして持つかということです。これには「UNEPS(国連緊急平和サービス)」の創設という構想があります。この構想の強力な支持者がUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の長であった緒方貞子氏であります。まだ実現はしていませんが、これは、国際的な人道介入の必要が生じた場合に、紛争地に迅速に入り、一般市民の緊急保護を行うための部隊で、世界から1万5千人~1万8千人規模の人員を、自由意志に基づく個人参加の形で集め、国連の安全保障理事会の直轄の組織とするというものです。カナダを筆頭に人間の安全保障を標榜する国々によって検討されていますが、日本はこのプロジェクトには一線を引いています。なぜなら日本には憲法第9条というものがあるので、いかに国連の旗の下といえども日本がこれに参加するのは憲法に引っかかってしまいます。ただ水面下では支持をしています。私は、憲法第9条は大切にすべきだと思っているので、日本政府のスタンスは尊重すべきだと思っています。
 以上のように、現在、世界法治共同体の実現に向けて、「法の支配」、「税の問題」、「参政権」、「警察の問題」といったそれぞれの切り口から制度改革に取り組む世界の潮流があります。一見、世界連邦というものは夢物語のように見えてしまいがちですが、21世紀に入ってからは具体的な課題となっている一面もあることをご理解いただければありがたく思います。
 最後に湯川秀樹博士の残した言葉をもって今日の講演の結びとさせていただきます。
 「世界連邦は昨日の夢であり、明日の現実である。今日は明日への一歩である」。
 この遺言を未来へと引き継ぐべく、今私たちは活動をしています。今後とも平和への祈りを絶やさず、みなさんの力添えをいただきたいと思いますので、何卒よろしくお願いします。


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