国内ニュース

エスペラントを核にした多言語主義の時代へ

日本エス大会(和歌山)でシンポ

国連の「国際言語年」に合わせ

国連は昨年5月の総会で、今年2008年を「国際言語年」と定めた。その主旨は、言語と文化の多様性保護を目的にした多言語主義の追求にあり、国連及び国際社会にその取り組みを求めている。

これを受け、今年10月12日から13日まで和歌山市で開かれた、第95回日本エスペラント大会では、“「国際言語年」記念シンポジウム なぜ今、国際言語年か—言語の多様性と対話の文化—”が開かれた。そのシンポは、エスペラントを核とした多言語主義こそが、21世紀にふさわしいことを強く印象づけた。

hattori基調講演する服部英二ユネスコ事務局長官房特別参与

シンポジウムでは初めに、服部英二ユネスコ事務局長官房特別参与が、「文化的多様性と異文化間の対話」をテーマに基調講演。服部氏は1973年からユネスコのパリ本部に勤務し、首席広報官、文化担当特別事業部長などを務めた。その間、「科学と文化の対話」シンポジウム・シリーズ、「シルクロード・対話の道総合調査」などを発足させた。

服部氏はまず、2001年にユネスコが採択した「文化の多様性に関する世界宣言」にふれ、その宣言の基本精神は「第1条の“人類にとって文化の多様性は、自然界に生物多様性が必要であるのと同じく、不可欠である”という文言にある」と述べた。そして、ユネスコでの豊富な体験をもとに、「すべての文明は他者との出合いによって生まれ、現存する言語は、その出合いの歴史を表している。言語の中には諸文明のDNA、つまり民族形成の記録が継承されている。これが私が到達した一つの結論」と述べた。

日本的な言霊という発想が重要

また、日本的な「言霊(ことたま)」という考え方が重要であることを指摘。「古代日本は渡来人たちで形成された多民族国家だった。それがいつしか、ある大臣が“日本は単一民族”と失言して物議をかもすまでになった。その、古代日本の統一原理が言霊であり、その中心に位置するのが、和歌に象徴される、清明な大和言葉(やまとことば)であった。言葉とは“ことの葉”。“ことわり”とは理性だが、“ことの葉”は、パトス(情念)あるいはエトス(社会集団・民族を支配する倫理的な心的態度)の非常に直裁な表現。南方熊樟(みなみがたくまぐす。和歌山県出身の世界的博物学者・民俗学者、1867-1941)は、『物と心が交わるところが“こと”である』と書いている。その“こと”が現れてくるのが“ことのは”、つまり言葉であると思う」と、言葉が単なるコミュニケーションの手段ではない点を強調した。

その上で、「過去に世界を支配したフランス語や現在の英語は、言霊を持たず、民族の魂を反映しない単なる道具であり、そうした言語支配が文化の貧困化を招く」と指摘。エスペラントは、不平等・不公平を伴う、特定の言語支配を拒否する試みであると評価し、「その前提には母語の完全な習得が必要で、多言語教育が正しい道だ」と結んだ。

simpo
左から木村、タニ、服部、大谷、三浦の各氏

多元的発想の言語政策を

服部氏の基調講演を受け、パネリストの大谷泰照名古屋外国語大学教授と三浦伸夫神戸大学教授(異文化交流センター所長)が意見を述べた。

大谷教授は「英語教育と異文化理解」をテーマに発言。「日本は歴史的に幕末から現代まで、軍事による戦い、経済による戦いでアメリカに負けるたびに、日本語か英語かという選択で揺れてきた。それは、一元的な線の思考だ」と、日本の言語政策の立ち後れを指摘。「アメリカは戦後、初期の宇宙開発競争でソ連に負け、ベトナム戦争で敗北。さらに9・11事件で文化的敗北を経験した。その反省から、言語教育は英語だけでよしとする政策を、英語以外に1言語の習得をさせる政策に転換させた。これは2元的な面の思考。EUは戦後のヨーロッパで二度と戦争を起こさない道を模索してきた結果生まれた。そのEUは、戦争を防ぐために多言語主義を守ろうと、翻訳・通訳に莫大な費用を投じている。そして、加盟国には高校卒業までに母語以外に2つの外国語を習得させるという言語政策をとっている。これはアメリカの発想を超える、多元的な面の思考だ」と、EUの言語政策が最も進んでいることを紹介した。

そして、20世紀、いずれの国も他国との戦争や競争に破れる中で、自国の言語を他国に押し付けるのではなく、他国の言葉を学び、尊重することの必要性を、ようやく学んだ。20世紀は“戦争の世紀”だったと言われるが、そのような意味では、“戦争修復の世紀”であったと言ってよい」と述べた。

多言語主義だけでは不十分

三浦教授は「文明間の交流における言語の役割」をテーマに発言。「近代のヨーロッパ文明の紀元はギリシャ文明やローマ分明にあるように思われがちだが、それらとの歴史的関係はない。実際の起源は、12世紀にアラビア世界と出合い、その精華を取り入れた所にある」など、興味深い事例を示しながら、文明どうしの出合いと発展、伝播の歴史を紹介。その中で、各言語がどのような役割を担ったかを概説し、今日的には「他の言語を認め、尊重するだけでは混乱する。エスペラントは多言語主義をさらに超えて、媒介言語、民際語を持ち、そこに普遍性や新たな希望を求めようとする運動だ。英語が覇権言語になっている現状、日本の私たちに必要なことは、英語以外のもう一つの言語(文化)に触れてみること。また、英語の限界について考えてみること。言語が現代の我々の文明・社会を形成した役割について振り返ってみること。こうしたことが必要だと思う」と述べた。

このあと、あらためて服部、大谷、三浦の3氏を迎え、木村護郎クリストフ上智大学准教授の司会のもと、コメンテーターのタニ・ヒロユキ大阪大学講師(モンゴル文学)がテーマに沿った質疑応答を進めた。

ページトップへ
Copy Right: Jinruiaizen Shinbun